日本画家 星 和真



                     <森を翔る>

「掘り下げていくことで今まで気づかなかったものを再発見したり、知識の中で、何かと何かが繋がりを帯びたりするのを感じます」


 以降、「  」内は星さんの談

 

繊細で物静かな青年。

落ち着いた語り口調ではあるものの、発せられる言葉の一つ一つからは、どこか芯の強さと情熱が感じられます。

 

星和真さんは、1996年栃木県那須郡馬頭町(現那珂川町)に生まれました。

2019年、東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コースを卒業後、2021年から埼玉県蕨市に拠点を置き、本格的に日本画の創作活動を始めました。

 

大きく描けることの喜び。日本画家星和真の原点とは?】

 

———いつ頃から絵を描き始めたのでしょうか?

 

「いつからかはっきり覚えていませんが、物心ついた頃には何かしら絵を描いていた記憶があります。毎月、父がカレンダーを破いて『これに描いていいよ』と渡してくれると夢中になって描いてました。大きく描けることへの喜びを感じていたのだと思います。毎月、カレンダーをめくるタイミングが待ち遠しかったのを覚えています」

 

星さんは子供の頃、内向的で、どちらかと言えば流行に疎く、物事を進めるのがゆっくりだったと自身を振り返ってくれました。

ただ、そういう自分であったからこそ、こうして絵を描くことになったのかもしれない、と。

 

———子供の時に描いた絵で記憶にあるものをおしえてください。

 

「やぶいたカレンダーを23ヶ月分取り置きしておいて、怪獣が対立する絵を描きました。当時の僕にとっては大作でした。ゴジラとガメラが対決する絵を数枚に渡って描き、『これをやりたかったんだ!』と熱い気持ちのまま一気に描き上げたことを記憶しています」

 

星さんの育った栃木県那珂川町は、田んぼや豊かな自然に囲まれた里山地域です。

家の周囲にはたくさんの動物が生息しており、一度、実家の玄関に鷹が突っ込んできたことも。

星さんが画題のモチーフに動物を使うのは、この幼少期からの経験が密接に関係しているようです。

 

「絵本作家のいわむらかずお(*1)さんの美術館が、那珂川町にあります。いわむらさんの14ひきのねずみシリーズを幼い頃から読んでいて、影響を受けました。栃木の子供たちは幼い頃に読み聞かせてもらって、このシリーズを知っている人は多いと思います。いわむらさんに直接お会いしたわけではないのですが、そんな人気の絵本作家さんの美術館が、故郷にあることは何だか誇らしい気持ちです」



大学時代の音楽との出会い。】

 

星さんは高校を卒業後、山形県の東北芸術工科大学へ進学します。

4年間、ここで一人暮らしをしながら本格的に日本画を学びました。

 

———東北芸術工科大学を選んだ理由があるのでしょうか?

 

「入学前、東北芸術工科大の夏期オープンキャンパスに参加したことがあります。緑が真横にあり、実家の雰囲気とどことなく似ていました。実は都内の美大にも幾つか足を運んでみたのですが、何というか、緊張感がありまして・・・東北芸術工科大のある山形の風土が、自分にとって親和性が高いと直感し、ここで勉強しようと思いました」

 

東北芸術工科大学の日本画コースでは、基本的な道具の使い方や熱血指導の先生方から作品と向き合う姿勢などを学んだといいます。

絵画に限定せず、デザイン、プロダクト、文芸と様々な分野で学ぶ学生たちに囲まれ、それぞれの観点の違いから議論を交わす日々を過ごしました。

 

「大学在学中の大きな出来事としては、音楽に興味を持ち、自分なりに掘り下げていったことです。音楽は絵の世界と違って、形の無い芸術です。絵画のように先生に習って個展を開いてというのとはだいぶ違う印象を受けました。何というか、音楽をやっている友人たちを通して、アンダーグラウンドな世界を見ることが出来た気がします」

 

———星さんにとって音楽とはどんな存在でしょうか?

 

「絵と音楽、僕にはどちらも必要で、音楽はダイレクトに人の感情に訴えてくる。絵の場合、どう見たらいいんだろう?とか背景に何があるのか?と見てくれる人が考えてしまう場面もあるように思えます。なるべく僕の描く絵は、音楽のように広がりを感じさせるものでありたいといつも心がけています」

 

音楽にインスピレーションを受けながら創作活動を続けるうちに、星さんはある女性シンガーの歌に心惹かれるようになります。

後にアルバムデザインをすることになる松井文(まついあや)(*2)さんとの出会いです。

 

「もうかれこれ5年ぐらい松井さんのファンで、ライブを聴きにいくうちに少しずつ親しくさせていただいて。ある時、僕の絵(作品名『窓』2022年作)を松井さんが目に留めていただいて、Twitter(現在のX)から松井さん直々にDM(ダイレクトメッセージ)で、アルバムジャケットをデザインしてほしい、とご連絡いただいたんです。もうあの時は動悸が止まらなくて・・・(笑)」



      <松井 文さんのアルバムジャケット作品>


     

< きっかけになった作品「窓」>

 

好きなミュージシャンの創作物に自らも関わる、という得難い機会を手にした星さんの高揚感は、いかばかりだったでしょう?

これが自身の創作活動を勢いづける出来事となったのは間違いない、と当時の様子を星さんは振り返ります。



試行錯誤を続け、たどり着いたテーマ。】

 

———ホームページのWORKSを拝見して、2021年から2022年、2023年への作風の変化に驚きました。

 

2021年当初は、アクリル絵具で身近なものに着眼点を得て描いていることが多かったです。その後、二度ほど個展を開催しまして、今の感覚で日本画材を使ったらどうなるだろうか?とあえて実験的に作風を変えてみました。すると事のほか、力まず描けることに気づいたんです」

 

もう一つ、ある画家の存在が今の星さんに強く影響を与えたといいます。

 

「熊谷守一(くまがいもりかず)(*3)さんの描いた絵を見た時から僕の中で大きな変化が生まれました。最小限の要素で描かれる絵、シルエットと色だけとか、あれもこれもとたくさん描くのではなく、いかに削ぐか?ということに重きが置かれています」

 

以前は、例えば動物を描く時は、その動物の様々なことを調べ、そこから心に受け取ったものをベースに描き始めてたという星さん。

最初にシナリオ作成をしてから絵を描き始めるのが常だったようです。

ただ、最終的な仕上がりの局面になると、自分とその絵がこの先どうなっていくのか?というような、己の心と作品との一対一の関係性が構築され、描く前に取材したことを殆ど意識しなくなることに気づきます。

 

「僕が絵を描く上でテーマとしているのは、ロマン広がりです」

 

星さんはここ数年、定期的に図書館に通って本を読むようになりました。

絵画とは直接関係のない、古今東西の民話や哲学などを手に取ることもあります。

 

「ある時、図書館で見つけた魅力的な装丁の古びた本を手に取ると、バイカル湖周辺を舞台にしたシベリア民話でした。そこに描かれていたのは、渡り鳥を中心とした世界です。命をつないでいくために絶えず移住を繰り返す渡り鳥たちの姿から、渡るという行為へのロマンを感じました。そこから着想を得て完成したのが「空のトナカイ」という作品です」



      <空のトナカイ>

読書から導かれた世界。そして誰かを敬うことの大切さ。】

 

「本を読もうと思ったきっかけは、学生時代あまり読んでこなかったことが理由かもしれません。最初は絵について掘り下げようと絵画に関する専門的な書ばかりを取り上げていましたが、いつしか哲学的なものにも興味が湧いてきました。僕にとって哲学への入り口となったのは、クロード・レヴィ=ストロース(*4)でした。その後益々興味が深まり、ジル・ドゥルーズ(*5)やジャック・デリダ(*6)などが書いた書物を手に取るようになります」

 

星さんは哲学の書に触れることで、気づきがありました。無意識のうちにぼんやりと考えていることの深層が、理論的に言語化されている驚きと感動です。

 

「今までぼんやりと雰囲気で捉えていたようなことが鮮明になったり、インプットし続けることで自分の中にパーっと広がりが生まれていく。これは読書を通じて得られた喜びで、今までにこんな経験はなかったです」



星さんは、20244月から母校の東北芸術工科大学へ勤務することになっています。

所属先は、文化財保存修復学科という部門で、そのコースを先行する学生たちや教授の補助を行うことが主な仕事内容です。

 

「以前、芸大の先生について、和紙の原料となる楮(こうぞ)(*7)や、膠(にかわ)(*8)を生産する農家さんのお手伝いをさせていただいたことがあります。その時から、絵を描く者として原材料の生産に携わる人たちへの敬意が高まりました。自分が楮農家になって和紙を作ったり、膠を原料から作ることは簡単には出来ません。絵を描く前に、まず素材を作る人がいるという現実は常に見つめて行きたい。それは絵の世界以外でも同じようなことが言えるかもしれません」

 

今年の4月から大学のある山形県へ移住し、絵を描き続けながら仕事に当たるという星さん。

 

「画材の原料など素材に詳しいプロ中のプロがいらっしゃいますので、濃い学びの時間になると思います。山形の風土を感じながら、自分自身をもっと掘り下げていきたいです」

 

———星さんの地元、那珂川町馬頭広重美術館では、「那珂川町を描く-心に残る風景-」の展示会が202312月から20242月まで開催され、準大賞の受賞作品が展示されています。星さんにとって地元とはどのような存在でしょうか?

 

「まさに自分のルーツです。着眼点を育んでくれたのは、ここ那珂川町の環境に他なりません。これからももっと地元の絵を描いていきたいです。外に出て学びを深め、自分の中に広がりを得てから再び地元に戻ると、気づかなかったことを再発見することが本当に多いです。自分にとって掘り下げたいものがたくさんある場所、それが那珂川町です」


     

     <夕刻の那珂川>


インタビュー中、実に20回近くに渡り、掘り下げるという言葉を発した日本画家の星和真さん。

画家というよりはむしろ研究者とお話しするような感覚を覚えました。

 

星さんの根底には、自身の絵を描くという行為は、何か他の力や導きによって描かされているという気持ちが常にあるようです。

 

素材のは、とも読みます。

素の星和真さんは、純粋な心根で他者への敬意を忘れない真摯な人物です。

そして、将来数多くの作品を世に送り出すであろう彼自身が、まさしく光輝く素材であると実感しました。



2時間半のインタビューを終え、御茶ノ水駅へ向かう淡路坂の途中、彼の残した言葉が印象的でした。

 

「作品制作に取り組んでいない時でも、常にdrawing(素描、デッサンなど)は欠かさないようにしているんです。画家としての筋トレは怠らないようにしたいですから」

 

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---インタビュアー,ライティング,雄市----


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ギャラリールマニ


「とりのうた」2024年6,22~29(24休み)


11:00~17:30

最終日11:00~16:00


 

【注釈】 出典:広辞苑、Wikipediaなど

 

*1. いわむらかずお:本名、岩村和朗。193943-。日本の絵本作家。代表先は『14匹のシリーズ』。1998年、栃木県那珂川町に『いわむらかずお絵本の丘美術館』を開設し、自らが館長を務める。

 

*2. 松井文(まついあや):日本の女性シンガーソングライター。202311月、3枚目のアルバム『窓から』のアルバムジャケットを日本画家の星和真がデザインしている。

 

*3. 熊谷守一(くまがいもりかず):188042-197781日。日本の画家。日本の美術史においてフォービズムの画家と位置付けられている。しかし作風は徐々にシンプルになり、晩年は抽象絵画に接近した。富裕層の出身であるが、極度の芸術家気質で貧乏生活を送り、仁科展に出品を続け『画壇の仙人』と呼ばれた。

 

*4. クロード・レヴィ=ストロース:19081128-20091030日。フランスの社会人類学者、民族学者。1960年代から1980年代にかけて、現代思想としての構造主義を担った中心人物のひとり。

 

*5. ジル・ドゥルーズ:1925118-1995114日。フランスの哲学者。20世紀のフランス現代哲学を代表する哲学者の一人。ポスト構造主義の時代を代表する哲学者とされる。

 

*6. ジャック・デリダ:1930715-2004109日。フランスの哲学者。フランス領アルジェリア出身のユダヤ系フランス人。一般にポスト構造主義の代表的哲学者と位置付けられている。

 

*7. 楮(こうぞ):クワ科コウゾ属の植物。和紙の原料として栽培されている。

 

*8. 膠(にかわ):にかわは、獣類の骨、皮、腱などを水で煮た液を乾かし、固めた物質。ゼラチンを主成分とし、透明で弾力性に富み、主として物を接着させるときに用いる。