彫金ジュエリーデザイナー  坂本恵美子

秋、収穫の季節。

イタリアでは8月からブドウの収穫を始め、9月には最盛期を迎える。ワイン用ブドウの収穫を意味する「Vendemmia」は、ジュエリーデザイナー坂本恵美子さんが立ち上げたブランドだ。大切に育てたブドウを秋に収穫し、絞った後、さらにその果汁を美味しいワインになるよう育てる。この一連の工程を踏んで、我々の食卓にあの芳しさと深い味わいが届けられる。坂本さんが8年の歳月を費やしたイタリアでの修行、その前と後。そしてジュエリー職人として作品に馳せる思いなど余すことなく語っていただいた。

坂本さん:「毎日やり込まないと見えてこないものがあります」

ジュエリーデザイナー坂本恵美子さんは、こちらが聞きやすいテンポでじっくりと言葉を選んでいる様子だ。東洋美術学校のグラフィックデザイン科を卒業後、広告代理店へ入社。就職後は、版下作製などを手作業で行い、デザインを行うにはフリーハンドで絵を描く名残りがまだあった時代である。

 坂本さん:「私がデザイナーだった頃、アナログからデジタルへの変換期だったんです。筆で書けばすぐ出来ることをコンピュータにたくさんのツールを入れて仕事する。学生から社会人になったのは、ちょうどそんな時期でした」

 小さい頃、母から手芸キットのような素材を与えられ、それを遊び道具にしていた坂本さん。同世代の子どもたちがテレビゲームに興じる一方で、姉と二人で手作りの『遊び』を黙々と続けていた。『手書き』だからやっていた、というデザインの仕事に疑問を感じ始め、働きながら夜間にジュエリーカレッジへ通う日々が続いた。

 坂本さん:「あの頃元気だったんですよね。昼間働いて夜は学校へ行く二重生活をしながらもバンドでギター弾いたりしてました。体力が有り余っていた感じ(笑)」

 ジュエリーカレッジで様々な素材を使い、制作の勉強を続ける中、金属だけがなかなか思うような形にならなかった。

 坂本さん:「思い描いたようにいかず、ムキになったんでしょうね。気づくと金属を使ったジュエリー制作に没頭していました」

 アクセサリー:カジュアルで日常のもの

ジュエリー:こだわりや個性を表現し、自分の価値を高めるもの

という、坂本さんなりの言葉の定義が存在する。

坂本さん:「あるお客様からこんな言葉をいただいたことがあります。"このジュエリーをつけると背筋が伸びます。何か特別な時や気合いを入れる時身につけるようにしています。と。それ以来、自分からは作品を『アクセサリー』と呼ばないようにしています」

 坂本さんの作品は、葉っぱやお花、果物や野菜などをモチーフとしたものと幾何学的な形に大別される。いずれも生命力や力強さ、優しさを感じる作風で、筆者もとても惹かれるものがある。

 坂本さん:「(幾何学的なデザインについて)イタリアに行く前、日本ではカクカクしてたのかな?(笑)アルジェンテリア(*1)では、植物をモチーフにした金属の打ち出しデザインは、時間制限があるので、あまりやり込んでいると途中で取り上げられられてしまうんです。そして、金属で作り始める前に絵を描かないと立体感が出ないことをこの時知りました」

 *1)アルジェンテリア:坂本さんがイタリアに渡り、3年間職人として雇われ働いていた銀工房



 帰国後、フリーのジュエリーデザイナーになると、イタリアでは制限がありやり切れなかった細かい仕事に時間を費やせるようになった。特に自然物を模(かたど)った坂本さんの作品は、非常にきめ細かい仕事が施されており、作家としてのこだわりと丁寧さを感じる。

 ・坂本さん:「自分が思っていた形が出てくると、やってやった!と気持ちが上がります。ただ、どこでやめるか?その加減を見極めるのもとても大事。やり過ぎてしまい、あぁあの時点でやめておけば・・・と思うこともありました」

 詰まるところ芸術作品の完成は、妥協との戦いである。絵画、音楽、造形、その他、人の手によって作り出される創作物は、その作家から湧いてくるインスピレーションが豊富であるほど、どのタイミングでピリオドを打つのかが難しい。

 日本を一度出てみたい

坂本さんにそう思わせたのは、専門学校時代に訪れたヨーロッパへの研修旅行がきっかけだった。二週間で、イギリス、イタリア、ドイツ、フランス、スペイン(順不同)の美術館を中心に回るという強行スケジュールの中、フィレンツェで訪れたポンテ・ベッキオ(*2)が、坂本さんのその後の人生を左右したと言っても過言ではない。

 *2)ポンテ・ベッキオ(ベッキオ橋):イタリアのフィレンツェを流れるアルノ川に架かる橋。この橋が建てられてからしばらくは食肉店が並んでいたが、1600年頃メディチ家によって撤去され、以来宝飾店がそれに取って変わった。奇跡の橋とも呼ばれる歴史的建造物。

 坂本さん:「当時、まだ学生で絵を描いていました。フィレンツェの観光名所であるベッキオ橋の上を歩くとシルバーの工芸品がたくさん売られていて、銀細工でこんなことが出来るんだ?!と驚きました。二週間の短期でしたが、ヨーロッパの様々な芸術から衝撃を受け、帰国して絵を描くと、それまでと違うものに仕上がったんです。どっしりと重厚感のある絵になっていました」

 そこから日本での広告代理店勤務を経て、イタリアへ彫金修行へ赴くまで自分の中でぐるぐると何かが回っていたという。わずか二週間の旅が、坂本さんに欧州への憧憬の念を抱かせることになった。数値化は出来ないが、場所の持つ力は確実に存在すると感じさせるエピソードである。

 坂本さん:「選んでいただいた方に寄り添い、その方の歴史を刻んでいってほしい。私の作品がそういうものであってくれたら嬉しいです。彫金、特に銀や真鍮は、二世代、三世代先まで長くお使いいただけますから」

 坂本さんの彫金ジュエリーは、都内各店舗にて取り扱いがある。このたび、坂本さんの作品は、20201023日(金)〜29日(木)までの6日間、千葉県市川市のギャラリーLe Maniにて、『Inventioni 3 voci』と銘打った3人の作家(キクチメグミ/久住朋子/坂本恵美子)による展示即売会へ出展される。※1026日(月)は休廊日。坂本恵美子さんの在廊予定は、10/2324252911時〜

 ・坂本さん:「今出来ることはMaxでやりたいです。10年後は違う作風になっているかもしれない。それは今分からないです。ただ、今見えているもの、感じていること、いつまでも出来ると思わず、今出来ることは今やる。そういう気持ちで毎日を大切にしていきたいです」

 “Batti il ferro quando è caldo.”(鉄は熱いうちに打て)

 (写真・坂本さんアトリエにて)

ポンテ・ベッキオとの出逢いから四半世紀の時が流れた。10代の多感な少女が魅せられた金属の芸術は、今、豊潤な実を蓄え、収穫時期を迎えている。

  文・インタビュー 雄市 写真・燈tomori編集部 

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